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美しさの存在理由
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     あの悪夢のような地震と津波から五日が過ぎた。

    今日も夕刊の一面で悲惨さを伝える黒枠白ぬきの巨大な見出しは、まるで葬儀の看板のようでいたたまれない。
    読まずに伏せてそのままにしておく。
    ささやかな平穏さも唐突に切り裂く「緊急地震速報」の傍若無人さは、新聞の見出しと同じくらい不吉に恐怖を煽る。


    正直なところ自分には、電気会社や政治家に怒りをぶつける正義感も、よりよい現実的な救援方法を模索する社会性も、みんながんばれと勇気づけるポジティブさもない(口に出してはみるけれど)。
    ここ数日はただぼんやりと悲しく、なすすべなく空っぽで、やるべきことはまるで手につかないでいる自分がいる。

    避難所で不安の中で支援を訴える人々、暗闇の瓦礫の下で救助を待っているであろう人々、焦燥にかられ殺到する人々、絶え間なくネットにつぶやき続ける人々、声高に煽るテレビの人々、

    膨大な情報と様々な感情が、否が応でも頭に流れ込んで来て飽和状態。自分の感情さえ聞こえない。


    だから今日はとうとう、ラジオを止めた。世界は急に静かになった。


    静かになった世界に、たまたまクリックしたアプリケーションから、突然ドビュッシーの「月の光」が流れ出した。

    乾いた土に染み込んでいく水のように、音はみるみる空気を時間の流れを変えて、空間と心をうっとりと潤した。
    一瞬すべての憂鬱がどこかへ消えてしまった。本当に。
    生まれてから今まで、今日ほど音楽が美しく聴こえたことはない。

    なぜ有史以来、一度も絶えることなく音楽が、色彩が、詩が、夢見るすべてのものが存在してきたのか。
    だってそんなもの、現実には何の役にも立たないのに。
    今日その答えがわかった気がする。

    霞でお腹はいっぱいにならないし、葉っぱのお金では何も買えないことはわかっている。
    音楽より燃料、詩よりも食料。それもわかっている。

    だけど、だから、こんなときこそ「美しきもの」が存在する理由がある。
    美しさと不謹慎さはコンフリクトするものではない。
    これは現実逃避だろうか?

    人間はアリの現実性と勤勉さだけで生きていける訳じゃない。
    危機的状況にあっても、人の心を本当に慰められるものはキリギリス世界のものなのではないだろうか。
    (ポランスキーの映画「戦場のピアニスト」の瓦礫のショパンは、えも言われぬほど美しい)

    もし被災地の人々に何かしてあげられるなら、なにか美しいものを送ってあげたい。
    音楽とか。
    今日は本気でそう思った。

    Claude Debussy: "Clair de lune(月の光)"
    | chiori66 | 23:25 | comments(6) | trackbacks(0) | - | - |
    Comment
    読んで涙が出ました。
    Posted by: かんだ |at: 2011/03/17 1:22 AM
    あなたは正直な人だと思う。
    そして自分の感情を率直に伝えられるだけの文章力があると思う。
    話しは少し違うが「絶対的な美しさ」あるいは「美」について考えることがある。「美しい」というのは主観のようであるが「絶対的なもの」もあるのではないかと。
    あなたの文章を読んで、『月の光』を聴いて思い出しました
    Posted by: n |at: 2011/03/17 2:06 PM
    読んで言葉を失いました。

    このところモヤモヤしてた霧が晴れたようです。今日実は、うちの画廊でも地震後はじめて作家のデッサン会(水彩)をしました。お客さんそっちのけで私が一番楽しんだと思う。そして、何に飢えてたかよくわかった。

    これ、自分のブログでも紹介していいですか?
    Posted by: k-suke |at: 2011/03/17 8:32 PM
    かんださん、読んでいただいてありがとう。
    時に書くこと自体が癒しになるのです。涙と一緒ですね。
    Posted by: chiori ito |at: 2011/03/19 10:07 PM
    nさん

    私も近頃「美しさ」について考えます。なんとなくですが、答えのひみつは「生」にあるように思います。

    「絶対的な美しさ」は、わからないけれどあるような気はします。醜さの中に美があることもあります。
    でも「美しさの絶対性」というのは確実にあると思います。ちょっと考えてみましょう。
    Posted by: chiori ito |at: 2011/03/19 10:18 PM
    k-sukeさん、ごぶさたです。
    紹介していただけるとは光栄。ありがとう。
    青森県美の館長さんと話した時に、芸術とは「絶望という荒れ地に花を咲かすもの」と言っていたのを思い出しました。

    美しい、楽しい、美味しい、心地いい、は、みんなすばらしい。
    人の「快」の感情と、社会性・道徳性は別軸だと思うのです、「不謹慎」を耳にするたびに。
    Posted by: chiori ito |at: 2011/03/19 10:34 PM








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