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T定規の効能
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    今どきT定規である。このCAD全盛のご時世に。

    T定規とは長い木製定規の先がTの字になっている昔ながらの製図道具だ。机(というか製図板)の角にT部分を引っかけて滑らせ、平行線を描く。
    先を切り落とした十字架のような形をしている。日なたでバンバンと使う布団叩きにも似ている。

    なぜか子供の頃から家にあって(おそらく昔グラフィックデザイナーをしていた母の持ち物だったのであろう)こっそり"交通事故でケガをした悲劇のヒロインごっこ"の松葉杖にも使っていた。思えば長いおつきあいである。

    しかし今どき、デザイナーはT定規なんぞ使わない。
    T定規どころか、普通の定規だって使わない。ビシッとクリーンな机の上でキーボードとマウスを使って図面を描く。もちろん消しゴムくずなんて前世紀の遺物である。
    パソコンを使わない人だって、せめてドラフターや平行定規くらいは使うだろう。私だって一応パソコンで図面を描くけど…(超ド下手です)。

    でも私はT定規が好きなのだ。
    なにより家具の大きな図面を描くのに便利だ。直角に四角い大きな板さえあれば、どこででも描ける。
    正確さには欠けるが、ズボラな私にはこのいい加減さがぴったりだ。

    それに「この世から電気がなくなったらできなくなるようなことは、なんかズル」というような妙なストイシズムも自分の中にどこかにある。
    昔の人もこうやって描いていたんだと想像すると、過去と交信しているような嬉しい気分になる。(ロマンよ、ロマン)

    道具としてもカッコいい。形も、あの刀みたいな長さもイイ。
    私の憧れは、着流しに背中にT定規を背負った素浪人デザイナーの図だ。雇われ用心棒のようにクライアントの元にふらっと現れる。(イメージはクロサワのミフネで。)
    …ありえない。

    という訳で、他人の事務所でT定規がゴミとして捨てられているのを見ると、可哀想で思わず拾ってきてしまうのだ。ぐっとこらえて、今は手元に単長2本だけ残してある。若いデザイン学生を「これこそクラシックツールだよ!」とだまくらかして、残りはフリマで売ってしまった。

    T定規好き、とは言ったものの、そんなに年がら年中使っている訳ではない。まぁ実際、気合いを入れて大きな図面を描く時くらいだ。だから彼らも自分の役割を全うしているかといえばそういう訳でもなくて、それはまた可哀想なのである。

    (ちなみに私の自慢の品は、シカゴ(建築の都!)の製図用品屋さんで買った巨大三角定規と、この仕事を始める時に取り寄せて買った100枚入り鉄道定規(アール定規)だ。とりあえず揃えて悦に入ってみたが、まぁこれらもT定規と一緒の時にしか登場しないから、いかにも『まずは格好から入るタイプ』的である。)


    と、そんなお払い箱同然のT定規くんに、今日新たたな命が与えられた。

    事務所の栗の木の見える窓は、ガラスの幅が1枚1.5mもある引き違いだ。栗の木の受粉シーズンも一段落したので、曇ったガラスを入居以来はじめて磨くことにした。

    現代の建築とは困ったものだ。スカッと気分のいい開口部の明るいガラス窓は、必然的にガラス拭きの不便と背中合わせになっている。業者さんがやってきてゴンドラに乗って磨いてくれる経済力があればそれで解決するのだろう。でも世の中リッチな人ばかりではなし、そんなこと百も承知のくせに後先あんまり考えていない素敵なガラス建築で溢れている。

    余談だけど、ガラスの建築の誕生はそれに付随した専門労働をも生み出したにちがいない。もっと前、ベルサイユ宮殿ができた時には「鏡をひたすらピカピカに磨く」という新しい役割の召し使いがきっといただろうし、ゴシック建築のバラ窓もどうやるかは知らないけれど、たまには東大寺の煤払いみたいなお掃除をしていたんだろう。(この切り口で書かれた建築史の本があれば読んでみたいな。「建築とメンテナンスの苦労の歴史」みたいなの。)

    だが私には経済力も召し使いもいないのだ。ちょっとデカめの身長とはいえ、精一杯伸ばした腕のリーチには限度がある。両端から手の届く範囲で拭いたガラス窓の真ん中には、煙で曇ったようなどうやっても届かない拭き残しが。
    そこでふと閃いたのである。

    もう想像できるとは思いますが…
    愛用のT定規くんに登場いただきた。(写真参照)
    Tくんは頭にターバン(※雑巾)を巻いている。それで件の拭き残しを私の代わりにキレイキレイにしてくれるのだ。



    おかげでガラスはスーイのスイできれいになった。素晴らしい!なんという能率!なんという機能性!
    「道具とは、人間の手の延長である」という道具の本質を文字通りの意味として体現してくれた!

    まるで、リタイアして久しいお年寄りが、思わぬ能力を発揮してシルバー人材センターで目覚ましい活躍をしている姿のようだ。感動のあまり、思わず歓声を上げた上にモデルを使って写真までとってしまった。
    そして一緒になにかを成し遂げた一体感を共有して、私はますますこのTくんへの親しみと愛しさが一層深まったのです。

    はてしかし、これはひょっとすると道具の神様への冒とくと虐待ということになるのだろうか??
    | chiori66 | 18:47 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
    Comment
    僕もT定規とか平行定規好きです!

    手で書かないとダメだと若いのにも説教してます.
    今は現場を一つ監理しているのですが、こういう
    時はcadだと回りくどいので、手書きでバンバン
    書いてます.

    そうそう、今棚のデザインをしています.
    出来上がったらお見せします.でわ.
    Posted by: 202 |at: 2006/07/27 2:28 PM
    手描きのよさってなんだろう…と考えると、
    どうも情報をインプットしてそれが紙とか画面上に現れるまでのレスポンスの時間と関係してるんじゃないかと思うんですよね。

    cadだとあまりにすぐポン!と線になっちゃって、リアリティがないんですよ。速すぎる。
    線を引っ張る0.何秒の間に脳がいろいろ考えているんじゃないかと思うんですよね。だから手で描く方が、絵面がすかすかでも詰めの精度が上がる気がします。あくまで「気」ですけど。

    …なんちゃって、言うほど手で描いてません。いや、地下ごろ全然描いてません!危うし!

    202さんの棚、楽しみにしてます。うーん、きっちり詰まった完成度の感じなんだろうなぁ。でわ。
    Posted by: chiori-ito |at: 2006/07/30 3:02 AM
    今更読みました(笑)。
    T定規・・・ブキッチョな私は学生時代散々悩まされました!
    線が合わない!とかRがきれいにつながらない!とか・・・(涙)。
    ここ数年で、CADを少し覚えて、こんな便利なものがあったんだ!と感激。
    しかし、最近ある家具屋さんの社長は手で図面を引くというお話を聞き、何故いまどき?と尋ねたら、モノの厚みがお客様にリアルに伝わる、とおっしゃってました。
    確かに、CADは便利さの反面、物質の個性の表現が難しいなと感じました。木なら木の暖かさ、鉄なら鉄の素朴さ・・・人に感性という目に見えないものがある限り、手を使って仕事をするということは永遠にに不滅!クラフトマインドシップ万歳!です。

    というわけで、最近はパースの訓練をして、手を動かすようにしています。
    Posted by: ote |at: 2007/02/28 9:36 AM
    oteさん、コメントありがとうございます。

    そうなんですよね、Rがつながんないんですよ。で、むりやり芯の太さでごまかしたり(笑)。

    家具屋さんはいまだに手描きのところも多いように思います。特に椅子。
    原寸で画面が大きい上に、やっぱり微妙な曲線とかはモニターの中ではわかりません。
    CADはCADの便利さがあり…というわけで、行ったり来たり迷走中です。

    でもやっぱり手描きは人の心を引きつける!ということに気がつき、
    最近は私も積極的に手を動かすようにしてます。
    パース訓練は正解です!
    Posted by: chiori ito |at: 2007/02/28 10:58 AM








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